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| 初参戦!トライアルデビュー |
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| 1983年 札幌近郊・小金井スキー場 |
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| これはおれがトライアルを始めて最初に出場した大会、1983年「北海道全道選手権」第2戦の写真。もう懐かし過ぎて記憶にないくらい・・・・・。ちなみにこの時は、初出場で4位でした。 |
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| 雪のステアケース |
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| 1983年 自宅前 |
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| これ、なかなか見る風景じゃないと思うんだけどね。家の前に積もった雪が固くなって、いわゆる“段差”になってるから、ステアケースに見立てて冬でも練習している姿です。ほら、北海道だから冬はバイク乗れないでしょ?それでこういうのを見るとちょっとでも乗りたくなって、ガレージからバイクを引っ張り出しては練習してました。冬、雪山をバイクで乗り越えるなんて、たぶん日本ではおれくらいじゃないかと思うんだけど、すごく懐かしい〜。そんな一コマです。 |
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| “少年”直樹が北海道チャンピオン |
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| 1984年 札幌近郊・小金井スキー場 |
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| そんな練習の成果もあって、「北海道全道選手権」2回目の出場で優勝。当時はポイント制ではなくて、1回優勝すると上のクラスに上がれるシステムだったので、あこがれていたB級に昇格することができました。ところでこの写真、恥ずかしいんだけど髪の毛はスポーツ刈りで、まわりはおじさんばっかり。当時おれは「少年、少年」と呼ばれてました・・・・・。 |
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| 運命の一枚 |
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| 1985年 北海道夕張マウントレースイ |
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| 2回目の大会でB級に昇格した後、全日本北海道大会に、北海道ライダーを代表して初出場しました。北海道にはA級のライダーがいないから、B級が一番上のクラスなんです。そんな中12位につけて、北海道ライダーとして初めてポイントをゲット。これがそのときの写真です。そしてこの写真自体が、おれの人生を変えたと言っても過言ではない!実はこの写真、当時のバイク雑誌に「北海道ライダーが初ポイント」という記事で載ったんだけど、この気合い入った顔!これを見た、ホンダショップ和光のオーナー・岡本社長が、「こんなガッツあるヤツはいない!!」と言って引き抜いてくれたのが、プロを目指したきっかけなんです。でもこれ、気合い入ってるように見えるんだけど、実は指をつって「痛てぇ〜」って顔だったんだよね・・・・・。 |
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| 最高にうれしいスマイル |
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| 1986年 山形県栗子国際スキー場 |
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| これは、全日本に出場して国際B級で優勝した時のショット。シャンパンファイト・・・・・おれにもこんな時代があったんだよ〜って本人が忘れてたけど。チャンピオンを獲得して国際A級に上がれた、そんなうれしい笑顔です。目つぶっちゃってます〜。 |
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| 国際A級で参戦開始! |
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| 1987年 茨城県真壁トライアルパーク |
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| 国際A級に昇格して新たなスタートをして気合一発!これは全日本で有名な真壁というところでの写真です。バイクはホンダのRTLっていう4ストのマシン。今は4ストってすごく騒がれてるけど、おれは当時すでに4ストで戦ってました。ゼッケンはA級1番の「41」。それで1年目の全日本の成績はと言うと、ポイントでランキング13位、1年目にして「ルーキー・オブ・ザ・イヤー」を受賞。最高位は5位でした。 |
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| キラリと光る
!? 超真剣なショット |
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| 1989年 尼崎市民体育館 |
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| 国際A級に上がって2年目。HRC(ホンダレーシング)と契約をして、ホンダの開発ライダーとして新たなスタートを切りました。これは当時ホンダが開発した2ストのマシンでインドアの大会に出ている一コマ。トライアル専門誌に掲載された広告です。それにしてもこんな顔って・・・・・このおれがカメラも見ずに真剣な表情。まったく覚えがありません〜。 |
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| 懐かしすぎて・・・・・ |
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| 1990年 HRCの一室 プロカメラマンさんの前 |
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| HRCと開発ライダーとして契約をしたおれですが、いろいろな方に支援していただいたおかげで、成績もそこそこ出すことができました。それで次の年からはHRCのワークスライダーとして契約することになり、その時の写真なんだけど・・・・・笑わないでーー!懐かしいっすよ、ほんと・・・・・。あれからだいぶ歳を重ねたけど、好青年ぶりは今も全然変わらないよね〜!ハイ〜つっこまない! |
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| 世界へ!道産子ライダー |
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| 1991年 北海道の新聞 |
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| これは地元北海道の「道新スポーツ」という新聞のトップ記事になった時のものです。当時ランキング3位につけていたおれが、「デ・ナシオン」っていう、トライアルのオリンピックとも言うべき大会に日本代表として出るという記事。何だかいいことばかり書いてあって恥ずかしい〜。「アルペンから転身!」なんて書いてあるんだけど、実はスキーで挫折をして・・・・・それでバイクに転向して、今のおれがあるのです。 |
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| 思い出いっぱいのデ・ナシオン |
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| 1991年 ドイツ |
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| そのデ・ナシオンに出た時のショット。見て!この余裕のない顔!残念ながらあまりいい成績は残せなかったんだけど、初めて世界大会に出た小林直樹、ということで当時の雑誌が記事にしてくれました。この大会には、ものすご〜くいろんな思い出がたくさ〜ん詰まってます。 |
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| これも同じくデ・ナシオンでの一コマ。おそらく、セクションに入る前に下見をして、「さぁ、これからエンジンかけて行くぞ!」って時のショットだと思います。渋い顔をして唇をかみ締めているのは・・・・・気合が入っているのか、不安で一杯なのか、どっちだったかは思い出せません。でもデ・ナシオン初参戦の感想は「コースがものすごく過激」ってこと。ヘルパーもいなかったので、やっぱり不安のほうが大きかったのかな〜。 |
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| そのセクションに挑んでいる姿。PENTAXのカラーリングをして走っている数少ないショットのひとつでもある!会場はドイツだから、当然観客は外国人ばかりなんだけど、このセクションはなかなか出口まで行けなくて、バタバタで最後の岩を越えて、3点でようやく走り終えた時、観客からの拍手喝采がすごくて、鳥肌が立った感動を今でも覚えています。 |
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| そして、今! |
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| 2003年 佐賀バルーンフェスタ |
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| そしてこれが今の活動。今までレースをやってきたノウハウやいろんな経験を通じて、トライアルってこんなに楽しくて面白いよ!ってことを、おれなりのパフォーマンスでもっとたくさんの人たちに伝えるってことをしています。ちなみにこれは佐賀のバルーンフェスタでのデモンストレーション。これ、石垣じゃないよ!人垣です・・・・・すごい人、人、人〜!! |
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